旧・TPPと日本の著作権

いろいろと日々の雑事

TPPと保護期間延長でどうなる日本の著作権!? ⑤

[玉井先生再反論フェイズ(15分)]

玉井:(福井先生の反論発表がピッタリ15分だったという話を受けて)えー、困りましたね。というのも、私はとても15分もちそうにないんです(苦笑)。

 先ほど申し上げましたとおり、福井先生が「あえてやる必要はないんじゃないか」、「わざわざ延ばす必要ないんじゃないか」とおっしゃるのは、まったくそのとおりだと思うんです。

 

◆個々の赤字を論じる場ではない

 これが日本の国内法の問題であれば、わざわざ貿易赤字が7000億円なのか3000億円なのか、分母をとるのはいくらになるかわかりませんが、貿易赤字が増えるのがいいのか減るのがいいのか。

 これは今の若い人には理解できないかもしれませんが、私が学生の頃は「日本の貿易黒字をどうやって減らそうか」とか、そういうことが通産省の仕事の大半だったなんていういい時代もありましたが、そういう時代であれば「貿易赤字を増やそう」なんて話もあったかもしれませんけれど、そんな話じゃないわけです。

 もちろん赤字は減らしたほうがいい。

 

 それに延ばしたほうが死蔵が増える、延ばさないほうが死蔵が増える、そういう定量的な検証データはありませんから、なんとも言えないわけですが、「どっちか分からないんだったら今のままでいいんじゃないか」というのも、非常に説得力があると思います。

 

 孤児著作問題に至っては、10年くらい前から、誰も問題だと思ってなかった頃からやってますから、これも国内法の問題として見れば、あえて延ばすことはない。これもそのとおり。

 

 しかしあの、なんとかのひとつ覚えではありませんが、これは「国内法でなんとかやろう」という、5年前の話ではないんです。

 包括的通商交渉の一環であると。

 その重み付けとして「いやこれは譲れない」、「死活問題だ」、「こんなとんでもない条項を入れるんだったらTPP全体を蹴るよ」というのか、あるいは「いやいやこれはほかに困る問題があるな」と。

 

◆「保護期間延長」より重要な問題とは?

 いや「ほかに困る問題がある」というのがどんな問題かというのは、人によって違うと思いますよ。私はクルマが問題だという人もいるし、そうでないという人もいる。コメが問題だという人もいれば、そうでないという人もいる。

 

 私はほかの問題全般に明るいというわけではありません。

 知財屋ですから明るくはありませんが、例えば(著作権保護期間延長問題と)同じようにUSTRが間違いなく入れようとしてきている、「著作権侵害を親告罪でなくする」、つまり、今は著作権を侵害されたと思う者が告訴をして、そうでないと捜査当局は立件できない、捜査できない、事件にできないとしているのに、「そこはやめてくれ」と。

「告訴を待たずに刑事当局が独自でイニシアチブをとって事件化できる」という話になったとしたら、そしてそれを日本が受け入れざるを得ない状況になったとしたら、さまざまな条件を付けて縛りをかけて、慎重にやらなければとんでもないことになる。

 

 ここにあるこのパソコンは私のものですけれども、この中に昔ダウンロードした、あの……、いや、いやらしい写真があるとかではないですよ。ああいうものはむしろ著作権を侵害しているケースは少ないくらいです。そうでなく、人からもらったスライドのデータの片隅に写ってる写真が実は違法にコピーした写真である、なんていうことはあり得るわけです。

 そしてそういう時に、捜査当局が「怪しい」と思った時にすぐこのパソコンを差し押さえられ、押収されて、私も逮捕されてと、そういう状況になりかねない。

 それよりももっと深刻な問題として、我が国独自の文化として「コミケ」は絶対に存続させなくちゃいけない。あれはどうにかして存続させられるような、そういう縛りはぜひともTPPに入れなきゃいけない。

 そういう意味で「非親告罪化」と呼ばれる問題は、比較的重要であるし、我が国の生活全般にとって、そりゃあ著作物を使わないで生活することはできませんから、大きな問題だと思うわけです。

 

 それに比べたら、保護期間を50年から70年に延ばすというのは、そういった重要な問題に比べれば、交渉材料にすればいいじゃないかと。そう言っているわけです。

「70年に延ばしたほうがいい」と言っているつもりはないし、そう取られたら困るわけです。

 

 ただまあ福井先生は「赤字は増える、それは問題だ」とおっしゃるわけですが、私は「包括交渉で個々の品目の赤字を問題視するほうがおかしい」とは思います。もちろん(著作物でマイナスになったぶんを)自動車で取るのか、農作物で取るのか、それはわかりません。

 しかし全体でプラスになるということでなければ妥結してはいけないのであって、それをすべての国が、「あぁしょうがない、オートバイについてはウチは関税は諦めるか」とベトナムが言うとか、ほかのところでプラスを目指すと、そういうことこそが包括的通商交渉ですから、個々の黒字だ赤字だ、という話ではないわけです。

 そもそも1品目の赤字を問題視することがおかしいと。

 

◆「アジアを重視」というのは現実的ではない?

 それから「対アジア向けをもっと重視しましょう」という話ですけれども、これは「対OECD」と「対アジア(中国含む)」と、どちらを重視しましょうか、という話です。

 これはですね、日本発のコンテンツを、例えばベトナムあたりにどんどん輸出して、これをもって日本を再び経済大国にしましょうと、まあそういう途方もないことを経産省なんかは本気で言ってたりしますけれども、これは残念ながら、アジア向けでそれほどの経済規模になるかどうかというのは、今世紀中に達成できるかどうかという、そういうレベルなわけです。

 平均賃金で日本の何十分の一という国にコンテンツを輸出して黒字化を目指すというのはあり得ないことであって、著作物の収支を見るかぎりは、相手はOECDでいいんじゃないかと思います。

 

◆自分たちで解決すべきことを対外交渉で出しても相手にされない

 それで孤児著作物問題ですけれども、これはどうしたって解決しなきゃいけないんですよ。

「アメリカだって検討の緒についたばかり」と言ったって、アメリカは検討の緒について5年くらいたってます。欧州はもう去年立法化したわけです。

 なので、別に検討の緒についてないんじゃなくて、検討の緒についてないのは、我々日本の責任であると。なので、対外的な包括通商交渉とは関係ないと私は思います。

「日本人は問題解決能力が足りないから、孤児著作物問題は我々だけでは解決できませんから、このTPPから保護期間延長問題は外してください」などと言おうものなら、USTRの交渉担当官は「あんたバカちゃうか」と言うと思います。

 実際のところ私は言われました。これはしょうがないことだと思います。

 

 ですから、孤児著作物問題は、EU型がいいのか、それとも別のやり方がいいのか、それはいろいろとメニューのやりようはあると思います。

 ただおそらく最も誰一人反対しないだろうというのは、EU型ですよね。

 ようするに「公的目的にかぎる」とか「研究者の研究目的にかぎる」と、そういうやり方をすればなかなか反対はされない。そういうさまざまな制限をつけてまずやってみると、そうすると、死蔵のリスクはなくなっていくんじゃないかな、と思います。

 

◆「死後50年時に登録」はTPP後でも可能

 それとパランテさんの報告書ですけれども、これは私も訳しておりますが、ここに書いてあるのは「登録しろ」と言っているだけです。「50年をすぎたら登録しろ」と言っているだけで、50年をすぎた後も著作権は継続している。

 ちなみにこういう立法提案は大賛成ですし、私も日本でもやるべきだと思っております。

 TPPで仮に日本の著作権保護期間が(著作者の死後)70年に伸びたとしても、条約の枠内で「50年目に登録する」という仕組みを入れることは可能ですし、日本も検討すべきです。

 

 というわけで、私の議論は「存続期間の延長がいい」というわけではまったくないんです。

 5年前の情勢では「延ばすか延ばさないかだったら、どっちかなあ、延ばさないほうがいいかなあ」というものでした。国内法についてだけ考えるのであれば、これは私も今でも変わっていません。

 

 しかし包括的通商交渉のなかでこの話をするなら、天秤の反対側のお皿から「貿易赤字が増大する」という要素は取れるんですよ。だって包括的通商交渉で議論するんですから、カナダともニュージーランドとも統一するってことですから、少なくともOECDでは統一する。

 ベトナムとかマレーシアとかとも統一するわけですし、韓国も先ほどの米韓FTAで(70年に)統一されているわけですから、アジアも統一する。あとは「中国さん、どうしますか?」という話になって、先が見えてくるでしょう。

 

 秤の重りが軽くなると、グググッと「じゃあ統一しちゃってもいいんじゃないの?」というふうに天秤が傾いてくると思っておるわけです。

 

◆ここにスパイがいるわけでもないし

 最後にこれ、福井先生がおっしゃっていたことですが、「取引材料に使えると、取引前に言っちゃうのはよくない、これは譲ることのできない重要な問題です、と言っておいたほうがいい」という話ですが、それについては正しい交渉態度だと思います。

「ウチの若い衆が納得しない、場合によっては椅子を蹴飛ばしてTPPから出て行ってしまう」という話が相手に伝わったほうが有利だというなら、福井先生が今までやってこられたこと(延長反対の論陣)にも大いに意味があると思います。

 ただ国内の交渉もずいぶん煮詰まってきていて、そろそろ本音で語ってもいいかな……と。いやわかりませんよ。この中にもUSTRのスパイがいて、この研究会の部屋のガラスを通じて聞いているということもあるかもしれませんが(会場笑)、まあ学会ですから、話してもいいかなとも思うわけです。

 

 あ、もう一点だけ、時間があったらこれはもう一度言っておこうと思ってたことなんですが、皆さんこれ(『著作権とは何か』福井健策著を手に掲げる)、ホントに買ってくださいね(会場笑)。

 

 私、実は明日引っ越しでして、今日のために持ってこようと思っていたんですが、段ボールにしまい込んでいたことが分かり、2冊ずつ買っているんですよ(会場笑)。

 それを最後の最後に言っておこうと……まだこれでも2分くらい余ってるな。すごいなぁ(会場爆笑)。

 いやもうこれで終わりにします。ありがとうございました。

(会場拍手)

 

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