旧・TPPと日本の著作権

いろいろと日々の雑事

TPPと保護期間延長でどうなる日本の著作権!? ⑥(ゲスト感想編)

[ゲストたちの感想]

司会:本日はさまざまなゲストの方がいらしておりまして、「俺にも何か言わせろ」とウズウズしている方も多いと思いますので、その方々にお話というか、感想を伺いたいと思うのですが……最初は……安念先生、お願いいたします。 

 

安念潤司中央大学教授)中央大学の安念でございます。今日は会場に着きましたら係の方に「とにかく最前列に座れ」と言われまして、で、いま話を聞いていたら「ウズウズしているだろう」と言われて、それはちょっと違うんじゃないかと(会場笑)。

 

 えー、今日は両先生、とても勉強させていただきました、ありがとうございました。大変啓蒙されました。

 ただ素人の印象としましては、両先生ともに非常に「論客」でいらっしゃいますから、あえて対立点をクリアするよう努力しているように見えました。

 というのもですね、実はその、両先生の主張にあまり差はないんじゃないかと思えているんですね。出発点は「50年を70年にしても、たいしていいことはなさそうだ」、「デメリットはあるだろう、メリットはちょっとしかないな」と。

 ほかの条件を全部フラットにすればそりゃあ50年と70年だったら50年のままのほうがいいかもしれませんが、そういう状況ではないわけですし、それは両先生ともにもちろんわかっているわけですし。

 

 ただ一点、貿易赤字に関してなんですけれども、ここ数年、なぜか私、電気料金問題にコミットしておりまして(経産省電気料金制度・運用の見直しに係る有識者会議座長)、燃料費に関して、日本から輸出する燃料というのはないんですね。つまりこの分野は「赤字しかない」。

 電力業界だけで、日本が1年間に支払っている天然ガス代。これ重油や石炭は別にして、天然ガスだけでたぶん7兆〜8兆円あるわけです。

 それで、コピーライトの赤字が5800億だ7000億だという話を聞くと、「へー、電力業界の天然ガスの1カ月ぶんじゃん」という感覚です。しかも日本からの輸出もあるでしょうから、「ふーむ、いい業界もあるんだなあ」と、そういう感覚でございます。

 

 その、なんというか、50年だ70年だという問題ももちろん大切なのだと思うのですけれども、「日本が外に輸出するものがない」という(エネルギー問題のような)業界と比べると、著作権業界というのはずいぶん「頑張りようがある世界だな」と思ったわけです。

 

 それで結局、何が言いたいかと申しますと、確かに私も「多角的な交渉を多国間でやっている」という状況のなかでは、ひとつの問題に拘泥することはできないだろうな、と思います。

 そういう状況のなかで「大の虫を生かすために小の虫を殺さざるをえない」という判断をする時は、不幸にして来るだろうなとも思うわけです。

 

 そうなると、では仮に「自動車の関税問題」と「70年問題」が秤にかけられ、どちらかを差し出さざるを得ないとしたら、いやそんなことはないとは思いますけれど、そういう状況がもし生まれるとしたら、比較的小さい70年問題は差し出されることになるだろうし、それはもちろん、70年問題よりももっと小さい問題と比較されるのであれば、70年に延ばすことはないだろうと、これはそういう話なんだなと理解した次第です。

 

 いや本当に今日は勉強になりました。そのことは重ねて両先生に御礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。

(会場拍手)

 

 

境真良(国際大学GLOCOM):境でございます。私も「一番前に座れ」と言われました(会場笑)。

 今日は改めて、この問題の要点がハッキリしたなと思いました。

 それと今日は、お二人の「視点の違い」もハッキリしたなと僕は思いました。

 というのも、ラフな話をしますと、玉井先生は「商品」の話をしているな、と。私の立場、というか、コンテンツとかコミュニケーションとか、ITとかをずっと扱ってきた立場から申しますと、「それって“商品”ではないよなぁ」と。こうした話を過去の話を元にして進めるのは乱暴かなとも思うわけでして、個人的にはもう少し、70年に延ばすのは弊害が多いかな、と思うわけですね。

 

 それとこれはすごく今回「なるほどなあ」と思ったわけですが、福井先生は「交渉をする」という商売の方でして、玉井先生は「オチを見る人」、つまり「こうなるよなあ」という話をしてらっしゃるなと。

 

 それで「頑張らなくちゃいけないじゃないか」という福井先生のお考えなんですけども、これ私はすごく重く受けとめておりまして、というのも、これ頑張るのって福井先生じゃないんですよね。頑張るのは政府の交渉官なんです。

 

 私はこう見えて、公務員の終身雇用制度には反対しているんですけども、それとともにことあるごとに、政府の交渉ごとは透明化してオープンにしていこうと思っているわけなんですが、今回のこのTPP交渉というのは、ものすごい秘密保持がかかっています。私の公務員人生20年のなかで、こんなに重い秘密保持がかかっているのは初めてです。

 

 そういう意味で、交渉に直接関わっている人たちは重い責任を負っているわけですし、「う〜〜っ!」と思っていると思うんですね。ですからむしろ、福井先生を交渉官として雇ってしまってですね(会場笑)、文化庁の方、ここにいらっしゃるかどうかわかりませんが、今からでも遅くないと思いますので、

福井:高いよ〜(会場笑)。

境:すいませんあの、公務員ですので、一応俸給が決まっておりまして(会場爆笑)。

 

 今回は福井先生だけでなく、玉井先生からも、「こういう条項があったらヤバいよね」というご指摘がありました。

 こういう指摘というのは交渉官にとっては非常にありがたいことでして、それは「(交渉の)カード」とは申しません。「カード」というのは(そのカードを)切ることが前提ですから。

 なのでカードではなく「武器」としてですね、こういう場をぜひともまた設けて、どんどん「この条項はヤバい、こういうことになってしまう」という問題提起をいただけたらな、とですね、最後に有効な話をして、僕の発言を締めさせていただきたいなと思います。

 

 

城所岩生(国際大学客員教授:城所でございます。あの、お二方とも「(交渉を)頑張ろう」ということでは一致しているわけですが……これは感想というより質問なのですが、えー、これは福井先生のご著書の中にもあったと思うのですが、「(TPP交渉は)ポリシーロンダリング(別の目的のためにもっともらしい主張で包み込んだり、別の権威付けをして目的を達成しようとすること)に使われる恐れがある」と書かれてありました。

 

 この延長問題も国内でさんざんやって、それでも延長はなかったものが、(延長賛成派の)ポリシーロンダリングに使われる可能性というのは、あるものなんでしょうか?

 

福井:ありがとうございます。

 えー。国内で政治的に決められないものを、外交交渉でもってごく一部の人によって決めてしまって逆輸入してしまおうということを、この場合ポリシーロンダリングとまあ呼んでおります。

 そういう方法に魅力を感じてしまう人たちがいるというのは分かるのですが、私はこれはやはり危険な方法だろうと思います。

 もし仮に「我々は国内において合意に至り、ひとつの政策を形成するという力を失ってしまっている」というのであれば、まずは「どうやってそれを取り戻すか」ということを考えるべきであって、ポリシーロンダリングに頼るべきではないと思っております。

 

 もちろんこれはTPPにかぎった問題ではありませんし、その危険性があるからTPP全体を蹴るべきだとか、そういう考えであるわけではありません。

 

 ただこれは考えなきゃいけないことなんですが、先ほど境さんがおっしゃっていたように、TPPというのは非常に限られた人間だけが交渉していて、しかも知財条項なんかは、やはり「細かいところに神が宿る」という分野なんですよね。

 我々の民間セクターには、たくさんのいろんな知恵もあるし要望もあるわけです。保護期間にしても「こうならいいけどこれはやめてくれ」とか、非親告罪にしても「この一文があるのとないのとでは全然違うよ」と、いろんな知恵がある。「そこ頑張ってほしいんじゃなくて、こっちを頑張ろうよ」と。

 ただここまで秘密性が高いと、そういう知恵を寄せることができないわけです。で、もちろんなんとか声を届かせようと努力するんだけど、それができないというのであれば、次善の策として、そういう細かい条文が大切なところは、TPPの場から落とすことを考えたほうがいいという場合もあると思うんですね。

 

 もうひとつ言えるのは、条約の硬直性の問題です。

 いわゆる国際条約というのは国内法に優先しますから、一回条約で定めてしまえば、国会をもってしても勝手にそれを変えることはできません。

 そうすると、例えば非親告罪です。

「うーん、海賊版退治も大切だから、一回やってみるか」と国民が思ったとします。思ったとして取り入れてみるのはいいんですけども、それをTPPでやってしまうと、3年、5年たって「ダメだ」と、「二次創作への影響が強すぎちゃったから、もうこれやめようよ」と思ったとしても、もう戻せない。TPP脱退するしかないけれど、そんなことできるわけがない。

 

 つまり非常にフレキシビリティが求められるコンテンツの世界において、「それは条約で縛らないほうがいいよ」と、そういう分野があって、私は「保護期間の問題」だとか「非親告罪」とかは、やはりフレキシビリティが重要だから、条約では縛らないほうがいいと思うわけです。

 

 

玉井:実は私、先ほども申し上げたように「非親告罪化」については、非常に問題があると思っております。

 というのも、我が国には「なんでも犯罪にしたがる人」というのがいます。「なんでこんなことまで犯罪にするんだ」という人がいる。

「この世に存在しない人の人権を傷つけた」だとかいって、そういうものまで違法化しようとしたり、あるいは違法にアップロードされたものを「たまたま見たことがある」というだけで、「なんだそれはけしからん」と、そういうのまで取り締まるべきだと言う人がいる。

 それは非常に困ったことでして、それは中には「そういう(いちいち違反者を見つけ出して糾弾する)ことが好きだから」ということでやってる人もいるでしょうけども、そうでなくて、大部分は自分たちの権限だとか予算だとか裁量だとかを増やしたいからやっているのだろうと思うわけです。

 そういう中で言うと、著作物での権利侵害の非親告罪化というのは、これはシャレじゃないんですけど、「深刻」な問題だと思っております。

 

 ただ「ではその条項は危険だからTPPには入れないでくれ」というわけにはいきません。USTRは相手が韓国であってもコロンビアであってもペルーであっても、「非親告罪化」は入れてきている。

 TPPって日本だけを相手にしているわけではありませんので、彼ら(米国)にとってはですね、彼らの国是である「テロリストの撲滅」というものにこれは関わっている。テロリストの資金源になりかねない違法な著作物の流通は絶対に阻止しなければならないわけです。

 民事裁判がちゃんとしてない国というのはいっぱいありますから、「そんなものは国家権力でちゃんと取り締まれるようにしろ」というのは、このTPPにおいて彼ら(米国)の主要な関心事のひとつなわけです。

 

「交渉から落とす」ということは現実的ではありません。

 ですから日本がやるべきことは、組織暴力、日本でいうと山口組とかも入ってくるわけですが、そういうところの資金源になっている場合は非親告罪化にする、と。これは合理的な立法であるわけです。例えば私が山口組の資金源になっているものを告訴できるかっていうとそりゃあ難しいわけで、そこは非親告罪でいいだろうと思うわけです。

 

 そのあたりはもう本当に交渉線でありまして、米韓FTAに入っているのは「コマーシャルスケール」、いわゆる商業的規模の場合は親告罪にしてはいけない、ということになっている。

 この商業的規模がどの程度であるかという問題があるわけなんですけど、先ほど申し上げたとおり、日本にはなんでも違法化したい人たちがいる。それに加えて「面倒くさいからまとめて違法にしてしまえ」という乱暴な人もいる。

 そういう状況を踏まえて交渉官には頑張って、なんとかできるような条項を入れてもらうしかない。

 

 やはり福井先生にお願いしてですね、ネゴシエーターとしてですね、確か非常勤の国家公務員の上限って1日1万5000円くらいですから(会場笑)、それでぜひとも働いていただきたいな、と、そう思います。

 

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