旧・TPPと日本の著作権

いろいろと日々の雑事

TPPと保護期間延長でどうなる日本の著作権!? ⑧(まとめ&あとがき)

[まとめの質問およびあとがき]

質問者4(本サイト管理人):出版社で書籍の編集者をやっております。よろしくお願いします。

 本日のこのやり取りは、ブログなりツイッターなり、なんらかのかたちでまとめて一般の方にお伝えしたいなと考えております。

 そこで一般の方が一番気になるだろうと思われる点を改めて両先生にお伺いして、改めて語っていただければなと考えております。

 

 

 一点目、玉井先生は「交渉材料にすべき」とおっしゃっており、また「交渉材料になるもの仕方ない」、「現実的には交渉材料になる」という話が多々出てきたわけですが、ではその「交換宛て」はクルマなのか、コメなのか、実際問題、いま出ているTPPの交渉項目のなかで、この「保護期間70年化」というのは、「何となら引き換えにしてもいい」とお考えなのか。「どこまでなら譲っていい」と考えるかのラインを示していただかないと、具体的に考えるのは難しいかなと思うわけです。

 

 二点目です。

 これも玉井先生がおっしゃったことですが、「著者の死後50年の時点で、延長したいという人は登録することにすればいい」という方式。いわゆる「オプトアウト方式」ですが、これはすばらしい方式だと思うし、もしこれが国内法で実施できるとするならば、両先生の論点の差の大部分は解消される気がするのですが……現実問題としてこのオプトアウト方式を日本に導入するというのは、どの程度難しいものなんでしょうか。

 

 

福井:ご質問ありがとうございます。

 えー、私、国際契約を専門にしておりますが、日本人の契約交渉で最もいけないところが「交渉する前に落としどころを考える」というところにあります。

 これはもう本当に、すべての契約を覆っている問題だと考えています。

 

 今回のTPPの議論においても(相手が)アメリカという時点でそういう話が生まれてくるんだろうなと危惧していました。

 そういう(落としどころはどこか、という)議論は、本来であれば「こういうのは嫌だ」、「我々としてはこうしてほしい」と、そういう条件、要求を一回全部相手にぶつけてみてから、落としどころというのはその先に必ず自動的に生まれてくるものだと考えています。

 もちろんそれは「とりあえず何も考えずに進めていけ」という意味ではありません。でも最大の戦略は「徹底的に交渉を尽くすこと」。

 少なくともUSTRはそういう戦略できます。

 

 それと先ほどの「硬直性」ですが、保護期間の延長というのは非常に強いです。一度決めたらなかなか覆すのは難しい。で、次世代のために我々は何ができるのか。彼らのために我々が情報ルールを決めてしまうというのであれば、それはやはり、私はここは譲るべきではないと思います。

 まず何より交渉を尽くすこと。

 それは日本人にとっても、そのほうが「いいTPP」になると思っています。

 

玉井:えー、「何と引き換えにすればいいか」ですが、まず福井先生のおっしゃるとおり、外向きに「ウチの若い者が納得しないから」と言うのはもちろんいいと思います。

 ただじゃあ「本当にそれでTPP全体を蹴るまでいくのか」というと、そこまでとは言えない。

 具体例をあげると、例えばスペインはずっと死後80年でやってきたのですが、EU加盟で70年になった。細かいことを言いますと、加盟前にいったん60年にして、その適用例を見ないまま、EU加盟で70年になった。結果的には80年から70年になったわけで、つまり(70年に延ばすということは)後戻りできない問題ではない。だからこそ交渉材料にしたらいいと。

 

 それで、実際問題、どういった材料となら引き換えにするかという話ですが、TPP交渉を見ておると、どうやら自動車であるとかコメであるとかとは交渉材料にはならない。

 どうも項目別に交渉しているようですから。

 つまり知財のなかで何を引き換えにして何を取るか、という話になるわけでして、私は先ほどから申し上げている「非親告罪化」。これを取ろうと。

 

 それからこれはほとんど話題になっていないのですが、知財のなかでは「原産地表記、地理的表示」。これが知的財産の項目のなかに入っております。

 アメリカはこれを「先に登録したものが権利者である、というふうにしよう」と言ってきております。

 どういうことかと言うと、アメリカという国は「パリ」という地名が5カ所くらいあって、「マドリード」という地名が7カ所くらいある。そういう国ですから、例えばアイダホの「マドリード」という場所で作った製品は「マドリード産」と書いていいということにしよう、と言ってきている。

 

 これがもし通ると、日本にとっては大変困ることになります。

 今はそれほど困らないかもしれませんし、ほかのTPP加盟国もそれほど困らないでしょうが、そのうち将来、中国が「俺たちもTPPに入れてくれ」と言ってくる可能性がある。そのときにこの「アメリカ版の地理的表示ルール」で統一されると、非常に困る。

 中国は「青森」や「石川」という商標を(中国国内で)登録しておりますが、そうするとそこらじゅうで「青森産」と書かれた中国産の商品が並ぶことになる。それは大変困るので、ここはほかの国と手を組んで、なんとしてもこの条文が通ることを阻止したほうがいいだろうと。

 

 そういうわけで、私は「非親告罪化」と「地理的表示」、この2点を取りにいくべきだと考えています。

 

福井:一点だけ補足いたしますと、私は「非親告罪化」に縛りをかけるのであれば、何もこの「保護期間延長」を差し出す必要はないと思っております。差し出さなくても大丈夫だと。「商業的規模に限る」と入れることはそれほど難しいことではないだろう。

 ただもちろん非親告罪化全体についても、最初から「条件付きでなら受け入れる」というかたちではなく、「非親告罪化自体に反対だ」と主張すべきだとは思いますが。

 

 それから「オプトアウト方式の導入」ですが、これは「TPPの中にそういう条項を盛り込むことの難しさ」ということでしょうか?

 

質問者:いえ、それに限らずです。とにかくどんな形であれ、この方式を導入する方法としてはどんなものがあるのか、どれだけハードルが高いのかという。

 

福井:例えば大量デジタル化全体でのオプトアウト、あるいは孤児著作物に絞ったオプトアウト、そういうかたちも含むわけですね。……ふむ。

 

 えー、EUがそれに近いかたちの方式を導入しております。あれはオプトアウトですよね。「EUがもうやりました!」と言うと、多くの国会議員さんは「うん、それやりましょう」と言ってくださるんですよね。

 この問題で私、多くの国会議員さんと会いましたけれども、第一声で「EUがやったならやりましょう」と言ってくれる。

 つまり見込みはあるとは思います。

 でも、ここからなんですよね。

 孤児著作物対策はぜひ進めるべきだし、道筋、選択肢はだいたい見えているのですが、それを現実に設計して通していくのは、相当な難関で、日本として意志を持って進めていくしかない。

 ですからお答えは「可能だが頑張らないとね」ということかと。

 

城所:いま「議員さんに言った」とおっしゃいましたが、ではこれは議員立法でやる(ほうがいいと考えている)ということでしょうか?

 

福井:う〜〜〜ん、(議員立法ではなく)文化審議会に委ねる……ということの是非ですよね(会場なぜか笑)。あそこは上に「フェアユース」というコインを入れると、下から何か小さい不思議な生き物がたくさん出てくるという……(会場爆笑)。いや全然悪気はないんですよ。非常に立派で優秀な学者さんたちが集まる、もし委員の方がいらっしゃったらとても申し訳ないんですけれども、うーん……こういう、ひとつの大きな意志に基づいた法制度を通そうという時に、今の文化審議会が向いているかというと、私はちょっと疑問かな、と思います。

 

玉井:あとのほうの論点についてはまったく同感です。日本の官僚組織って「ちょっとずつ進む」、ミリ単位で物事を進めていく組織ですから、こういう大胆な決定をするような問題は文化審議会では扱えないでしょう。

 審議会を始める前に「まず利害関係がある団体で充分話し合ってから持ってきてください」ということになり、そこで誰かが「こんなのは絶対にダメだ」と言い出したら、それだけで「う〜〜ん」と固まってしまって1ミリも進まないと、そういうことになるのが目に見えています。

 

 ただ一応日本の著作権法には「文化庁長官の裁定」という仕組みがあります。文化庁長官に「これは孤児著作物ですから、なんとかしてください」と言って提出すると、「う〜ん、ちゃんと調査したのか?」とかなんとかいろいろ言われて、「はい大丈夫です」というと、法外なお金を取られるけれど、裁定してくれるという仕組みがあります。

 その仕組みのかなりの部分が国立国会図書館が受け持っているわけでして、私は別に、国会図書館が「やろう」と決めたことを文化庁長官の裁定なんかはいらないだろうと気はしますし、何より「前例があって、それをジワジワと拡大していくやり方」というのは、日本でもけっこうやりようがあるんじゃないかと思っております。

 例えば「かくかくしかじかの場合には裁定を得たものと見なす」という規定を入れられるなら、それほど難しいことではないのかもしれないなと。

 

 ですので、絶望的ではありませんが、日本の立法過程を考えますと、かなりのタフな交渉が必要となるだろうな、と思います。

 

 

司会:両先生、本当にありがとうございました。それでは本日はここまででございます。ありがとうございました。

(会場拍手)

 

◆あとがき

 以前書いたことですが、玉井先生と福井先生がTPPにおける著作権法の議論を(しかも真っ向から対立する論点を持って)するということは、現実問題として「日本ではこれ以上は望めない」という意味において、本田と香川が草サッカーをしている姿を見るようなものだと私は思います。

 大変勉強になったし、この議論を読めば「TPPにおける保護期間延長問題は、何が問題になっているか、延長するとどんなことになって、また延長しないでもいいと言っている人はどうしてそんなことを言うのか」が、すべてわかる仕組みになっております。

 今まさに交渉が進んでいるTPPを見守っていく上で、ひとりでも多くの人がこの問題について知っていたほうがいいし、当エントリがそのための一助になれば幸いです。

 

 それと今回は動画班が来場できず、少しでも多くの方に、この(日本著作権界における)世紀の対決の空気感、ライブ感を味わってほしくて、こうして細かく書き起こすことになりましたが、次回はぜひとも、なんとか録画してほしいなと思います。この書き起こしには全部で合計6時間以上かかっております。死ぬ。

 

 最後に数行だけ私、管理人自身の思想的立ち位置を記しておきます。

 私は「青空文庫」が好きです。日本語web空間が世界に誇れる、すばらしい事業のひとつだと思っています。文化的な重要性はもちろんですが、もっと卑近な話として、青空文庫は私の父に「21世紀」をプレゼントしてくれました。

 こういう事例はおそらく日本中で起こっていると思います。

 そしてもし仮に、今回のTPPで著作権保護期間が死後50年から70年に延長されたとしたら、この青空文庫には莫大なダメージが及ぶでしょう。遡及的に適用されることになれば、その時から20年間、青空文庫では新作が公開できないことになる。

 私はこの「青空文庫が莫大なダメージを受ける」というただ一点において、この「70年延長」は決して譲るべきではない条項だと考えております。

 

[参考文献および資料]

玉井克哉氏ツイッター https://twitter.com/tamai1961

福井健策氏ツイッター https://twitter.com/fukuikensaku

 

情報通信学会HP(今回の「第4回情報知財研究会」の議事録がダイジェストで別途掲載される可能性があります。また後日、詳細な議事録が学会誌に掲載されるとのことです)

http://www.jotsugakkai.or.jp/operation/study/chizai.html

 

『著作権とは何か ―文化と創造のゆくえ』(リンク先はAmazonです(以下同))

 

『著作権の世紀―変わる「情報の独占制度」』

 

「ネットの自由」vs.著作権: TPPは、終わりの始まりなのか

 

玉井克哉=鈴木雄一「デジタル・コンテンツ資産の活用を促進するための法政策」日本知財学会第二回年次学術研究発表会講演要旨集(2004)350頁

 

玉井克哉「アメリカ著作権法における権利失効原則-コンテンツ流通を支える法制度の観点から」InfoCom REVIE 第37号(2005)69頁以下

http://www.ip.rcast.u-tokyo.ac.jp/tamai/files/pdf/E7.pdf

 

鈴木雄一=玉井克哉「所在不明実演家の権利処理に関する研究」日本知財学会第五回年次学術研究発表講演要旨集(2007)102頁

 

鈴木雄一=玉井克哉「孤児著作物の権利処理に関する著作権法上の諸問題-所在不明実演家の権利処理を中心とした基礎的考察-」(2011)2011-EIP54,1頁

  

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